今の仕事を通じて知りあったNさんとは、20歳ほどの歳の差がある。つくるものに独創性があり、和・洋・中・伊どんなジャンルでも、なんでもびっくりすくらいにおいしい。「うまい」という言葉を女性である自分がつかうと、どこか品性がかける気がして、普段はあまり口にしづらいのだが、「うまい!」という表現がぴったりの味。父がよく口にしていた「美味(びみ)だねえ」に、もっとも近い。できることとできないこと、そこにはくっきりとした境界線があり、アーティストであることに自覚のないアーティストに映る。先日、Nさんがわたしの家族を自宅に招いてくれた。聞けば、日頃のわたしの仕事に感謝をしてくれているそうで、そのお礼がしたいとのことだった。お言葉に甘えて、夫と娘と三人でご自宅にお邪魔することに。
普段から、気取らない身なりだがオシャレで、この人の背景や、長い人生で影響を受けたきた文化は一体どんなだろうと、興味深く思っていた。自宅に一足を踏み入れると、こじんまりとした部屋の中は、いくつもの間接照明から本棚からDVDからキッチンの様子からインテリアの細部にいたるまで、「なるほど!」という素晴らしい空間だった。映画、レコード、学生時代のこと、数えきれないほどの転職人生などなどなど、コース料理のように素晴らしいお料理をいただきながら、最後はトランプでババ抜きをして宴は終了。
翌日の昨日は、お礼のお礼にと、Nさんをピックアップして茅ヶ崎の『BLANDIN』へ。美味しいコーヒーを飲みがら昨日の会話の続きのような時間を過ごす。店内は山下達郎のレコードが流れていた。『ソフトリー』というアルバムだった。店主の宮治ひろみさんを交えて三人であれこれ会話をした後に、わたしはスティービー・ワンダーの『Ribbon in the Sky』が聴きたくてレコードを探すが見当たらず、代わりに『Knocks Me Off My Feet』をかけてもらった。「みもちゃんはこういうのが好きなんだねえ」とNさん。Nさんはダニー・ハサウェイの棚からLIVE版のジャケットを手にとり、「マービンゲイじゃないほうの、ホワッツ・ゴーイン・オンを聴いたことはありますか?」という。「ないです」と答えると、スティービーの次に、ひろみさんがそのレコードをかけてくれた。ダニー・ハサウェイのホワッツ・ゴーイン・オンは、やさしくて、オリジナルのそれとは別の曲のようだった。どっちも好きな感じだった。「カバーの方がいい曲っていうのも、たくさんありますよね」と話す。1時間くらいと言っていたのに、結果的に3時間近く店でくつろぎ、帰路につく。Nさんに出会ってまだ少しだけれど、自分の人生の転換期のようなものを感じる。じぶんのこれまでのこと、失敗だとおもっていたこと、ウィークポイントだときらっていた複雑な性格、アンバランスでコントロールし難い極端なじぶん、望まずともはっしている光のような瞬(またた)き、マイナスな要素を全部肯定していいんだとおもえた。そうやって生きてきた人が、目の前にふわっと、突然あらわれた感じがする。そんなことを思いながらハンドルを握り、アクセルを踏む。昨日の湘南はめずらしく波がよく、サーファーで賑わっていた。日差しが強く、海面は光と波がじゃれ合うように、お互いを照らしあっていた。