クレイジー・ケン・バンドの『あ、やるときゃやらなきゃダメなのよ。』という曲がある、歌詞もさることながら間奏の演奏も格好よくて好きな曲だ。ここのところのわたしはまさにこのタイトルのような日々。「縫製の仕事を一生、一生懸命にやる」と決断したら不思議なもので、いろいろな種類の仕事の依頼が舞い込んでくる。実際のところ、「そんなわけで仕事をくださーい!」と、恥ずかしげもなくいっていたこともおおきい。仕事の依頼は修理だけではなく、「へえ!」みたいなものも結構あって、作業に必要な道具をあらたに購入する場合もある。そのときはそれらを含めた金額を見積もって、オッケーであればゴー、作業開始。責任につぐ責任を感じまくっているけれど、逆にいえば全責任をじぶんで負えるし、やる・やらないの決断もできる。人と足並みを揃えられない、協調性の欠けている自分には、あんがいあっているのかもしれない。あとは高い技術さえあれば…とおもうが、そこは経験とプラクティス以外どうしようもないのだ。日々精進。
この夏、細々ではあってもずっと続けてきたタイパンツ展をおやすみしてよかった。縫製の依頼も、パパイヤの仕事も、ときどきお手伝いするチャハットの仕事も、全部じかんを作ったから受けることができた。大学を卒業してからずっと、たくさん企業の転職をしてきたジョブホッパーで、業界もバラバラだからなんのキャリアもない。ついでにやる気もない。でもお金だけはもらう。典型的なだめ社会人だった。そのことに自分自身ずっとうんざりしていたけれど、最近はもう開き直っている。声をかけてもらった仕事は誠実におこなうと決めて、それをじぶんのキャリアにしようと決めた。声をかけてくれるのは自営業の人がおおいので、彼ら彼女らの力になれたらとおもうし、同時に個人事業主のわたしにも、たくさんの学びがある。そんな気持ちで仕事に向き合ってきたのは正直はじめて。50手前でやっとこの気付きなのかと、まさか己のことなのかとショックで卒倒しそうだけれど、現実っていつでも厳しいですね。
でも人生悩んだり迷ったりつまづいたりしている若者に、「安心してください、こんなおばさんもいますから」と、あらたなモデルケースになれたらそれもまた本望。たとえ「ああ、やっぱりああいう生き方は失敗なんだなあ」と思われても、それが若者の決断の参考になれば、おばさんはそれでいい。
「みもちゃんはタイパンツ以外、誇れるものはなにもない」と言い続けてきた鬼の夫にも、最近はちょっぴり感謝している。何度も「もう飽きた、そろそろ違うことしたい、もっと向いている仕事がある気がする」と逃げまくってきたわたしの首根っこを捕まえてきた大男(おおおとこ)。実家では一度も来なかった反抗期が、なぜでしょう結婚してからは夫に芽生えてしまい、常日ごろ夫の厳しいアドバイスにはそのほとんどを反抗しまくってきたこのわたし。でも、おおむね夫に言われた通りの決断をしているではないか。かなしみ。「みもちゃんが誇れるもの、少しはふえたね」、鬼に言われる日はくるのかこないのか。夫がこのブログを読むことは一度もないので、こうして好き勝手に描き散らかしている、反抗期から抜け出せないわたしです。