7月1日からはじまった海の家『パパイヤ』の仕事もあっという間に折り返し地点に到着。仕事にもだいぶ慣れてきた。ビールを呑んでいる人、波乗りしている人を見て「いいなあ」と口にだしてしまうのは変わらないが、この仕事にはゴールがあり、ゴールテープが見えているから大丈夫な気がする。その昔、占い師の人に「外の景色が見えない場所で働くとだめになる」と言われたことがある。パパイヤはその点において環境が抜群なので、元気でいられるのかもしれない。2ヶ月の間、こうして働くことができるのは学生か自営業の人がほとんど。年齢差も職業の違いも、ぜんぶの違いを互いが認め、受け入れる術が大事。自営業の人からは、フリーで独立してから一本で食べていけるようになるまでの話なんかを聞けるのも、とても励みになる。
タイパンツを縫い始めて16年とキャリアは長いが、その間に妊娠・出産・子育てがあったので、それで食べていくほどには全然ならなかった。そのことに引け目を感じていた時期は長かった。けれど、だいぶ子供の手が離れた今思うことは、「そりゃあそだよね」である。ものすごく時間を注いできたし、エネルギーもつかった。なんだかいつでも疲れていたし、相手は呑気にミルクを呑んでいるのに、こっちは呑みにもいけない。羽も心も折れる感じだった。いつも何かも、誰かを「いいな」とおもっていたような気がする。そんなひねくれたじぶんの気持ちを抱えることもまた、子育てという仕事の一部だった。報酬のない仕事、対価を感じられない仕事。その全部がバカにされているような気持ちもあった。誰から?自分自身から。
子育てにおいて、いちばん大切にしていたことは、娘が「さみしい」という感情をなるべく感じないようにしてあげたい、という一点だった。「寂しさ」は大人であってもきつい。無関心が寂しさを生む。寂しさがうむ歪みや痛みが、犯罪やいじめをひきおこす要因の一つではないかとすら思っている。そう信じているから、なるべく娘に時間を割いてきたし、割けないときは友人にたくさん助けてもらった。夫もわたしも仕事で早朝に出なければならなかった日は、『⚪︎⚪︎ママ』と友人の名を呼び、朝の6時前に来てもらったこともある。その多くは独身の友人で、彼女たちのそこはかとない優しさがあって、娘は育った。だから、振り返って考えると、たくさんの仕事をした12年だったのだ。ほめていいよね。
1年くらい前から、やっと、じぶんの仕事をつくっていきたいと思えるようになった。これで食べていきたい、ずっとやっていく、という決意も。タイパンツを細々と続けてきたことで、縫うことだけは腕が落ちなかったはず。誰しもが独立したら仕事はつくっていくしかない。それはじぶんにとってどういうことかと考えたとき、一つ一つの仕事を誠実にこなしていくことになる。夫をはじめ、友人にもたくさん助けてもらった。じぶんの足で立っていること、じぶんの手で仕事を作っていることを、時間をかけてみてもらえるように、今日も明日も誠実な仕事をつくっていく。