確定申告の目処がついて一安心。つみかさなった疲れを癒すべく、昨日はMちゃんと海沿いをドライブしつつ横須賀の温泉へ。関西人のMちゃん、根っこがおもしろ精神ででき上がっているので、なんかもう、いるだけでウケる。動きもウケる。シビアな話も、なんか聞いているちにウケてくる。笑い上戸なわたしなので、むやみにやたらに笑わせるのはやめてほしい。温泉から早めに戻ってきたこともあり、車を走らせていたら帰宅途中の娘を偶然発見。ピックアップして、みんなで我が家へ。三人それぞれしばらくくつろいでから、「春休み、クリームソーダのみにいこうね!」とMちゃんに言って娘は塾へ、わたしはMちゃんを鎌倉まで送迎。
夜は近所のHさんが鎌倉<イワタ>のケーキを持ってやってきた。昨日の夕飯はおでん、豚肉とレンコンの甘辛炒め大葉乗せ、コールスロー、ラペ、キムチ、自家製の豚味噌(鹿児島の郷土常備菜です)。わたしはビール、近所でも絶対に車移動のHさんと、塾から戻ってきた娘はスプライトで乾杯。新規でお仕事の案件があり、昨日はその受け渡しややりとりなど。Hさんは推しのアイドルに出会ってから、わかりやすく、日に日に元気を増している。以前聞いたのだが、推しには推しのカラーというのがあるそうだ。グループ全体を応援することは「はこ推し」ということも、Hさんから学んだ。Hさんの推しのカラーはブルーらしく、Hさんは近年ブルーのお洋服をお召しの日がおおい。なので、昨日はわたしもブルーのエプロンをしてお出迎え。人に会うとき、相手の好きそうな色を選んで服を着るのも結構好きで、あんまりかぶらないように、でも並んだときにきれいなグラデーションだといいなと、そんなことを思ってクローゼットを眺めるのが好きだ。バンダナを選ぶときも、鏡の前で服に当てて、この色だとかわいいなと、そんなふうに選ぶ。
昨日、夕飯を食べ終えて、お風呂上がりにパジャマに着替えて出てきた娘を見たHさんが、「かわいいー!1日レンタルしたい!」と言ったときは、みんなで笑った。若い女の子が家にいるってかわいいよね、なんて話す。じぶんたちも誰かにとってのそうだったわけで、その時は気がついていないだけで、誰かの目を毎日毎日、細めさせていたのだろう。ショートケーキやモンブランを食べて、紅茶をのんで、やがて夫も帰宅して、とてもいい夜だった。
わたしも夫も大好きだった、Hさんの旦那さんがそこに居ないことに、拭いきれない寂しさは、正直ずっとある。だけれど、残されたものは現実を受け入れて暮らしていくしかないのだ。数えきれないほどのさみしそうな日がたくさんあって、どう声をかけたらいいのかわからない日が、ほんとうにたくさんあった。どこかで偶然会うまでは、連絡を控えておこうと思っていたある日、カフェでばったりHさんにあった。ティラミスを頬張る娘を見ながら、不意に涙を流したHさんを見て「だいじょうぶう?」と声をかけた娘は、当時また保育園児だった。昨日は、もうすっかり女子同志のような会話を交わしていて、ここまできたんだなあと思わずにいられなかった。Hさんの痛み、わたしの子育て、どちらも、顔をあげてあたりを見渡したら景色が変わっていた。時間が経つと歳をとるから、温泉なんかにいくと「おっぱいが垂れた気がする!」とか、「このシミはなんなの! 昨日まではなかった気がする!」とか、「老けたなー、やだなあ」とかおもうことが多いけれど、悪いことばかりではないのかもしれない。生きているって、続いていくということなのだ。きっと、そういうことなのだろう。泣いていいし、くたびれた様子をだしていいし、無理に明るく振る舞わなくていい。だからこそ笑えるときに、たくさんたくさん、笑っておく。笑いを、つくっておく。ときどき思い返して、じぶんでじぶんを励ませるように。