週末はなんだかんでずっと呑んでいた。横浜・元町に用事があり久しぶりに代官坂などもプラプラ。確か90年代後半だったと記憶しているが<バードウェル>というカリフォルニアのサーフトランクスが日本で流行った。そのブランドのものがどうしても欲しくて、いろいろ探していたら<へミスフェア>というお店にあるとわかり、高田馬場からひとりで買いに来たことがあった。それが多分、はじめての元町。20歳くらいだったのかな。そのあと、<BEAMS>か<ラブラドール・レトリバー>のS店(ウィメンズ専門のちいさなお店があったのです)で、バードウェルのクレイジーパターンのジャケットも買った。たくさん着て気に入っていたのに、あれ、なんでフリマで売っちゃったんだろう。すぐにモノを手放してしまうのだけれど、もっとも買い戻したい1着はあのジャケット。旅先でも散々着たなあ。今、誰がどこで着てくれているのだろう。いくらでもいいから、買い戻したい。
昨日の午後は、医療従事者のYちゃん、飲食業のMちゃん、縫製業のわたし、異業種の三人で言葉を交わしていた。みんな似たような歳なので、それぞれがやってきた専門性にはしっかりとしたプロの視点があり、なんか、格好いいなあとおもいながら眺めていた。鎌倉のMちゃんのお店で呑んでいたのだが、陽射しも傾いてきたしと、わたしと近所のYちゃんはのんびり歩いて帰宅。仕事って、この歳になると社会貢献なのかもしれないね、なんて話をYちゃんとする。Mちゃんは料理人として、あれだけの数の回転数で、女性客(めちゃくちゃ混んでた)に癒しの空間(食と場所)を提供すること、Yちゃんは人の命に関わることで人の(心や体の)痛み、不安、疑問に寄り添い、時に俯瞰して、エールをおくる。すてきだな、みんなすごいなと心から思った。目の前の人、もっというと自分が立っている場所の空気をまずキレイにすること、それがきっといちばん大事。大人になるってそういうことなのだと、二人を見ていておもった。
わたしの社会貢献はなんだろうと考えてみたとき、わたしは人と人をつなげることがやっぱり得意なのだとおもった。この人とこの人は合うんじゃないかと、今必要なんじゃないかと、そんなことをおもうと無償の愛で動きたくなる。言葉を綴ることも、クソ面倒くさい修理も、「これは残しておきたい、これはわたしがやったほうがいい」とおもうと書かずにいられないし、手を動かさずにいられない。お金だけでは動けない、時間も心も相手(人やモノ)にと、全身全霊で注げるもの。それが仕事の真髄、本質なのではないかと、昨日はそんなことを考えながら帰路についた。尊敬できる人がまわりにいるってありがたいことだ。見習って、わたしはわたしの専門性を、今日も磨いていくのみ。