JRの石川町駅で降りる。待ち合わせの場所に向かう途中、一軒の花屋。軒先には元気な鉢植えがこれでもかとひしめきあっていた。かき分けるように店内に入ると、切り花もたくさん。お店の方に声をかけると、自分で選んでもらっていいんですよ、とのこと。ピンクのチューリップと、白にピンクの縁取りをしたようなチューリップを何本か引き抜いて、みずから選ぶ。
昨日は数年ぶりにSちゃんとランチ。予約をしてくれていた11時、<cafe・de・lent>に向かうと、Sちゃんはもう並んでそこにいた。キャメルのような色のコートにかわいいカゴを持って、短い髪に茶色のまあるいめがね。素敵な店の外観とも相まって、なんともチャーミングだった。美しかったのでわざと歩くスピードを遅めたり、いややっぱり早く気づかないかなと足取りを早めたり、遠くから近くから、その風景を眺める。わたしは目がいいのだ。
お祝いしたいことがあり、チューリップを渡して、おめでとうと伝える。最後に会ったのはいつだろうね、というくらいのSちゃんとわたし。お互いの近況報告、仕事の話、あっちこっち行ったりきたりしながら。会わなかった時間を愛おしくおもった。おそらく、二年ぶりくらいにあったSちゃんは、前よりも「気」のようなもの、「無意識」のようなものの置き場所が変わっているように映った。頭よりももっと上の方にあったように思えたそれは今、胸と腹の間あたりまで移動して、スローダウンしているように見えた。波乗りでいうと、ボトムターンするために波のピーク(いちばん高いところ)から斜面を降りてきたんだね、という感じの、いちばん気持ちのいいところにいるような。前は聞き役が得意な感じだったけれど、以前よりも質問がおおかったり、心の扉をあけて、そこから取り出したものを手のひらにのせて見せてくれるような感じというか、すごくいい感じに見えた。わたしはわたしで、この数年で変化があった。悩みがあると誰彼かまわずに相談ばかりしていた性格だったけれど、近頃は自分で決められるようになってきた。すぐに人と比べて卑下してしまっていたところ、その反動で傲慢になり、雑になってしまっていた自分を反省できるようになった。前よりはすこしだけど丁寧に、謙虚に考えられるようになった。共通点はすくない、むしろ正反対なところがいくつもあるわたしたち。だけれど、彼女はいつの頃からか、わたしの心のどこかにふわっとやってきて、静かに、そこにいてくれる。存在や言葉で、力をくれたり、励ましてくれる。彼女のことを、遠くの星のような存在だと、ずっとおもっていた。寂しい夕暮れ、暗く哀しげな夜、ふと空を見上げると、ちいさく、瞬いてる存在だと。でも昨日、船のモールス信号のほうがしっくりくるなとおもった。彼女は彼女で暗い海を航海していた。船のモールス信号で、互いの安全を伝え、言葉を交わすような感じ。「歳とったよね、目が見えないんですけど」と何度も言ってはクスクス笑った。若い頃より目が見えない、疲れる、あそこが痛い、ここが痛い。けれど、気持ちは今のほうが、うんといい。
それぞれにお会計を済ませたので、先に店を出ていたわたしは軒先の木のベンチに腰をかけていた。しばらくしてSちゃんが出てくると、お土産にと、家族の分のスコーンを持たせてくれた。贈りものが苦手だったはずのSちゃんの贈りものが、なによりも嬉しかった。さりげなく自然で、「自分にも買ったんだ」と嬉しそうにいった。大人になってもわたしたち、いやみんな、成長できるんだ。わたしも前を向いてゆく。この道を、この航路で航海してゆくんだと、そんな気持ちで。