アップルミュージックを立ち上げたら、ジャクソン・ブラウンの『ジャマイカ・セイ・ユー・ウィル』がかかった。曲を指定したわけではないのですこしびっくり。なんとなく、選曲したのは昨日お墓参りにいったIさんかも知れないと、そんな気がしてならなかった。イントロからうつくしくて、胸に余韻を残すメロディと歌詞。
Iさんは某ラジオ局のディレクターをしていて、わたしと夫が湘南に引っ越してわりとすぐに、ラジオの取材で連絡をくれた。見た目がとても格好いい人で、家まで取材に来てくださったのがはじめまして。当時のIさんはメルセデスの2シーターに乗っていた。その日は強めの雨が降っていた。取材が終わり、わたしと夫が傘をさして駐車場までお見送りをしたら、Iさんは運転席の窓をあけて、笑顔で頭を下げた。おろした窓からは、横に降る強い雨が車内に入り込むのが、はっきりと見えた。こんな天気のときでも、あんなふうに挨拶をされる人なんだなと思いながら、Iさんの車をみおくったことがいまでも記憶に残っている。それからもずっとよくしてくれて、お家にお邪魔したり、うちでBBQをしたり、娘が産まれたら抱っこをしてくれたり。音楽もアートも楽器も好きで、ちょっと気難しいところもあったIさん。昨日は奥様のHさんの運転するVolvoで、夫、わたし、娘でお墓参りへ。ランドマークの<シェイク・シャック>で待ち合わせをして、わいわいハンバーガーを食べて、お墓参りをして、<星乃珈琲店>でお茶をして、終始たのしい時間を過ごした。7年という時間がHさんに少しづつ元気を取り戻させてくれたことにくわえて、ここ最近は推し活で忙しそうなHさんをみて、こっちまで推しに感謝したいくらいだ。時間も推しも、Hさんには必要だった。
湘南に引っ越してきてから、『湘南のお姉さん』と慕っている女性が3人いて、Hさんはその一人。Hさんだけではなく、他のふたりのお姉さんも、出会った時から今に至るまで、ずっと同じ仕事をしている。40代前半だったおねえさんたちの歳を、いつのまにかゆうに超えたわたし。お姉さんたちは、当時は20代だったわたしにえらぶることもなく、対等に接してくれたことを、今改めて感謝したい。
あの頃生きていた人が天に召され、その悲しみに涙をする姿も、なかなか立ち直ることがむずかしい姿も、そんなことを口にだして伝えてくれる姿も全てがありのままで美しく、きっとわたしも、そんな道をなぞるようにたどっていくのだろう。人生とは、なんて短い旅なのだろう。その儚(はかな)さをおもうと、胸がいっぱいで苦しくなる。残された者は、故人が生前に残してくれた言葉や振る舞いを抱(いだ)きしめて、生きていく。自分はいったい何を残していくのだろう。願わくば、笑い顔や声だけではなく、むしろ泣き顔や、失敗した姿や、落ち込んだ声、こじらせている姿、そんなものほど置いていけたらとおもう。いい思い出だけでは、あまりに苦しい時がある。「ああいうところがダメな人だったよね」という話は、情けなさを含んだ笑いになる。そんな話こそきっと、残されたもののあしたの笑顔に、力になっていく。