ものすごーく頭と感性をつかう仕事の打ち合わせが、先週二件続いた。脳が疲労しているのか、昨日はうっかりうたた寝。パッと目が覚めて起きると、さっきまで曇っていた空は陽が差し始めていた。ちょっとリフレッシュした方がいいものができるはずと、車を走らせて茅ヶ崎まで飛ばす。
13時のオープンから少し経ったくらいで<BRANDIN>につくと、軒先のパーキングが空いていたので縦列駐車をする。外から手を振ると、カウンターにいた店主のひろみさんがわたしに気づいて手を振り返してくれた。チャイをいただきながら二人で話し込んでいると、常連と思しき年配の男性がいらして、おなじテーブルの向かい側に座った。話しているうちに、海外赴任がおおかったご様子、奥様が先立たれたこと、お嬢様がフランス人男性とご結婚されて、娘さんと三人でファミリーバンドを組んでおられること、数日前までお嬢様達はマウイにいたけれど、ストームから逃げるようにフランスのご自宅に無事戻られたことなどがわかった。とても感じのいい紳士で、今日は待ち合わせなんだという。やがてやってきた女性に、わたしはまた「はじめまして」と、ご挨拶をする。クアラルンプールに住んでいたという方で、近くわたしも足を運ぶ予定があると伝えると、嬉しそうな表情をたたえ、どんなエリアでどんなホテルなの?と、あれこれ盛り上がった。どこからどうみても素敵なマダムで、お化粧もキレイで、髪型もうつくしく、話し方、話の運び方もチャーミングで、見惚れてしまうほどだった。その後にやってきた少し髪の長い男性は、もともと出版社にいたという方で、ひろみさんがわたしのことを「本を書いている人なんです」と紹介してくれると、その方はわたしの著書『Sunny Side』を知ってくれていた。腰のひくい、言葉選びの素敵な人で、ああ、出版関係納得、と唸ってしまう感じの人だった。続いてやってきた女性にも、ひろみさんがおなじように紹介をしてくれると、「日記本を作りたいならここにいったらいいかも」と、都内のあるスペースを教えてくれた。翻訳の仕事をしている、というボーイッシュな女性だった。教えていただいた場所がとてもいい感じがしたので、近く必ず足を運んでみようと決めた。

インスタグラムでお知らせしたとおり、6月6日から<BRABDIN>の庭にある素敵な空間で、あたらしいことをはじめる。これまで何度足を運んだかわからないくらい大好きな場所で、レコードを聴き、コーヒーを飲み、本を眺め、たまに、手紙を書いた。頭がいっぱいのとき、心がついていけないとき、忙しすぎるとき、泣く力すらわかないとき、羽を休めるように足を運びたいと思う場所が、<BRANDIN>だった。由比ヶ浜の<BORN FREE WORKS>の運営を終えてから5年間、あの場所と同じか、それを超えるくらいに好きだとおもえる場所を探せなかった。そのことはどこかでいつも寂しかったし、風景はおなじようなものがおおく、退屈で、つまらなくもあった。やっと、あのときとおなじくらいの気持ちで「動きたい!」とおもえる場所を見つけられて、今はワクワクした気持ち。曜日の設定を土・日・月としたのは、理由がある。ギャラリーの運営では金・土・日としてきて、週末にむえて売り上げを上げていくぜーと、テンションもボルテージをあげてきたけれど、次はシフトダウンしたいとおもったことが大きい。月曜日のスピードがゆるまった感じが個人的にとても好きで、加えて、サービス業の人も月曜日はお休みの人が多いから決めた。昨日、月曜日に足を運ぶ側の気持ちを再確認しようとおもっていったのだが、その答え合わせのような時間を過ごせて、間違いないなと、確信に変わった感じ。
じぶんも含めて、今は昔より、疲れている人がおおい気がする。こどもも、おとなも、みんな一様にうっすらと疲れたベールをまとっている人がおおい。待ち合わせも買いものもなんでもかんでもとても便利になって、たくさんの恩恵を受けているわけだけれど、「みて」、「忘れないで」、「買って」は、頼んでいないが無意識のうちに3点セットになって、そこにいる。今も昔も時間はおなじだけあるはずなのに、なんだかいつも、急かされてばかりだ。聞けば、お風呂やベットにまでくっついてきちゃう子もいるという。君、ずいぶん甘えん坊だね。それとも、働き者なの? 早く売らなくちゃ、たくさん売らなくちゃ、そのお金を老後に向けて増やさなきゃ、不安、不安、不安って耳にする。ねえ、本当にそうなのだろうか、わたしたち、忙しすぎはしないか。そうおもうわたしは暇なのか。
不便、非効率、そういうものをあえて選んでみてはどうだろう。視界がガラッと変わるはず。疲れているのは体ではなく、心でもない。ブレインだって気づくと、美しい音が聴こえてきて、彩りが豊かになっていく。わたしは最近、心の底からそうおもっている。「綺麗事だ」って、君はいう? わたしには決して聞こえない場所で、名前すら名乗らずに。それも知っている。わたしだってわからない。だから、それが本当かどうか、それが現実になるまで、その実験をしたいのだ。6月6日の<楽器の日>から。楽器って最初からはうまく音を出せない。だから繰り返し練習をするしかない。それを続けていくことでしか奏でられない音がきっとあって、わたしにしか出せない音がきっとあると、そう信じている。ねえ、いつの日か一緒にセッションしようぜ。