海の家『パパイヤ』のバイトを一緒にやることになったのは、岡村恵(おかむら・めぐみ)さん、通称めぐちゃん。正式な料理人。最近では自作のお弁当の販売や、ケータリングのようなこともしている様子だ。めぐちゃんとの出会いは昨年お手伝いをしたレンバイの『SAUCE』だった。料理人のめぐちゃんは『YUGE』のわたなべさん、通称なべさんを氏と仰ぎ、一緒に仕事をしていた。おとうさんほど歳の離れたなべさんとまだ若いめぐちゃんのコンビは、側からみていると日々コントのようで、わたしはそれをおもしろがって眺めていた。破天荒な師匠についていく、真面目なメグちゃん。日本料理など、厳しい食の世界に身を置いてきためぐちゃんにとって、自由奔放ななべさんは異端児に映ったのではないか。アメリカがだいすきで、おようふくがおしゃれで音楽や映画がだいすきで、何よりご飯がおいしいなべさんに不思議な縁で引き寄せられるように出会っためぐちゃんは、きっと学ぶことがたくさんあるのだろう。なべさんはなべさんで、真面目でかわいいめぐちゃんに助けられているところは数え切れないはずで、ふたりはなんだか、いつでもいいコンビに見えていた。「みもさ〜ん、きいてくださ〜い涙」と困った顔をしてSAUCEにやってくるメグちゃんと話をするうちに、すっかり仲良しになった。何より同じ和光生(町田にある学校の卒業生だった!)だと発覚してからは、それまで以上に先輩風をふかしているわたしだ。
パパイヤでは、ときどきめぐちゃんとシフトが一緒になる。パイセンさすがっすね、と言いたくなる身のこなしで、先輩後輩がまさかかの逆転現象。次々とかぶさってくるオーダーもちゃんと頭に入っていて、もたついているわたしと違い、とにかく動きがいい。経験値の差がデカ過ぎる。
この秋にビッグチャレンジを控えているめぐちゃんとあれこれ話をしている中で、トップシェフとか、スーシェフとか聞き慣れぬ言葉が出てきた。「スーシェフってなんなの」と聞くとトップシェフの次の人を指すのだと教えてくれた。「この間いったピッツェリア(窯もどうのこうの、よく覚えていない)が本格的でおいしかったんですよ!」と言うので、呼び名はピザ屋じゃダメなのかと、ピッツェリアとはなんなのかとしつこく聞いたりする、とても面倒臭い先輩のわたしは、後輩との異業種交流をたのしんでいる。
その日はなべさんがパパイヤにくる日だった。修理品のオーバーオールをとりにくる、という連絡が朝に来たのだ。なかなか来ないねとめぐちゃんと話していると、おそい午後になって砂浜からプラ〜とやってきたなべさん。赤いロゴに白の縁取りで『Hollywood』とプリントされた、いい感じに着古してくたっとしたネイビーのTシャツを着ていた。古着なのだろう。ちょうど西陽に向かって陽射しが傾きはじめた時間で、なべさんの背後からは眩しいくらいの光がさしていた。『セレブの休日』とタイトルをつけたいくらいの絵面(えづら)だが、実際のなべさんはその対極をいくかなり破天荒なおじいさんに近いおじさんなので、その絵面とのギャップがまたツボでめちゃくちゃウケる。「鎌倉を代表するトップシェフがきた!」とわたし、笑うめぐちゃん。めぐちゃんはスーシェフ、わたしは皿洗いだねとか言ってふざけているうちに由比ヶ浜は夕暮れの時間になって、いつも通りに寸胴鍋を洗ったりする時間がやってきた。去年の夏は、こんな日が来るとは想像もしなかった。なべさんもめぐちゃんも、近くにいたのに知り合いですらなかった。あの夏、心ゆくまでだらけ、不貞腐(ふてくさ)れていてよかった。一見わかりづらかったけれど、また漕ぎ出せるようにと、体力を回復させていたのだろう。現実はいつも、想像がつかない展開をみせる。未来を思って肩を落としあれこれ心配したり、あるいはぜったいに夢を叶える!なんて肩に力をいれることですら、全てが自作自演の茶番にすぎない。笑いに変えられないこと以外、ぜんぶいらない。そう思ってしまうほどに、じぶんの人生はいつもどこかにながされて、ただ、漂って。