息を止めて縫うような仕事から解放されたので、昨日は休日。ママ友をピックアップして三浦までドライブ。いつも立ち寄るちいさな市場で野菜を買い、いつも立ち寄るリサイクルショップ<爆安屋>へ向かう。その後は三崎の<fosette(フォセット)>でガレット、城ヶ島の<FISH STAND>でフィッシュ&チップス、<充麦(みつむぎ)>で家族が好きなパンを買う。いつものコースだ。
わたしから三浦のドライブに誘われた友人たちは、問答無用で<爆安屋>へ連行される。若干イヤそうにしている者、興味津々な者、わたしよりも熱心に時間をかけている者。互いに手にした戦利品などを品定めし、友人たちのものへの価値観、金銭感覚、それぞれの審美眼などを観察して楽しんでいるわたしだ。ネーミングも店構えのごちゃごちゃ感も、だいぶいっちゃってる爆安屋。ここを楽しめない人とは価値観の相違がある気がする。分かり合えない気がする。ちなみに今までで一番露骨に嫌がっていた者はただ一人、夫である。二人で三浦をドライブすると、夫は有無を言わさずアクセルを踏み込み、店の前を駆け抜ける。リサイクル、古着、彼はそういう全てがだいきらい。きれいなもの、キラキラしたものがだいすきなのだ。
昨日の朝、夫を駅まで車で送っているとき、先日も書いた「豊かな生活」をイメージするものはなあに?と聞いてみた。夫は開口一番に「みもちゃんと一緒に仕事すること」といった。「それが生活の根源にあって、そこからじゃない?」、とのことだった。仕事がないと、生活にハリがでない。旅するように暮らしたいとか聞くけど、僕はぜんぜんそうは思わない。ちいさくていいから帰れる家があって、手仕事があって、そこから旅をしたい、と。ずいぶん堅実な答えだなとおもい、「それが全部できている上で、豊かさはなんなの? ちなみにわたしは、あんまり家とか車とか物への欲がなかったんだよね」というと、しばらくしてから「まあ、その上で? エルメスとか英国仕立てとかで、オーダでスーツを二着くらい仕立てて、ドレスコードのある場所に、月に二回くらいみもちゃんと出かけたいかな」とのことだった。 絶対やだ! 本当に価値観が違う夫である。
帰りの車で一人思い返していたのだが、わたしの両親もそれとどこか似ていた。父は若い頃からブランド大好きな高級志向の人だったが、母は全然タイプが違った。そんな二人の間に生まれたので、夫婦は価値観が違って普通なんだと、いまでもどこかでおもっている。その昔、母が笑って教えてくれたことがある。結婚前にデートをしていたとき、銀座で父が「なんでも買ってあげるよ」と言ってきたそうだが、母は「なにもいらない」と答えたそうだ。おそらく、父はそれまでいつもその手を使っていたのではないかと思うが「なにもいらない」という女の子はすくなかったのではないか。母は当時ヒッピーのような格好も好きだった様子なのだが、父から「そういう、雑巾のような格好をしてはいけない」とも言われたらしい。母はこのエピソードがだいすきみたいで、爆笑して涙を流しながら、何度も何度も教えてくれた。父はきっと覚えていないだろう。鹿児島の田舎で育った母は、山では木の枝にぶら下がるターザン遊びが得意だったそうで、人一倍俊足だった母は裸足で砂浜を駆け回ることもだいすきだったという。実家でゴキブリが出たときも、素手で捕まえては「かわいそう」と言って窓から逃そうとする野生児のままな母をみて、父はいつも「早く殺せよ!」と言って一目散に逃げる。母はそんな父を面白がって、包んだ両手を崩さずに父を追っかけたりもしていた。父は虫も自然も田舎もぜんぶが苦手。それでも一緒に過ごしていたのだから、夫婦って心底謎である。話がそれてしまった。そんなこんなで、我が家の食器棚に少しづつ増えていく爆安屋コレクション、昨日はそこにオールドパイレックスのコーヒーパーコレーターが加わった。戦利品を誇らしげに夫に見せたら「えー! いらない!」と一言。正反対なわたしたちの暮らしはつづく。