海の家のバイトがはじまった。2日目にしてやること盛りだくさんで、てんてこまい。遠くからのぞいていたらしい友人が「全然気づかなくて、半径1メートルくらいしかみえてなかったよ」と言っていたが、50センチではなかったかと聞き返したいくらいだ。それでもピークには波があり、スロウな時間は手を動かしながらスタッフのみなさんと会話をかわす。当たり前だけど、みなさん本業をお持ちで、異文化ならぬ異業種交流を深めており、それが何気にすごくたのしい。「みもです。近所なので自転車で来てます。縫製の仕事をしています!」と、合コンふうに自己紹介する48歳、おばさん。
キッチンは未経験なので、目に映る様々なものが新鮮。ベイビーが沐浴できるほどの『寸胴鍋(ずんどうなべ)』なる存在もはじめましてだし、それをすくう柄杓(ひしゃく)のようなものもやたらと巨大である。わたしはミニチュアになったのかと、目の錯覚なのかとおもうほどの大きさが不意にツボってしまい、笑いが込み上げてくるダメ新人。「こんなに大きな柄杓はじめてです、神社でしか触ったことがありませんでした」と口にだしてしまった。声だけは通るので、「はい!」の返事だけはいい新人になっている気がしてまずい。はやく慣れたい。慣れたころに夏が終わるのだけは避けたい。
作業の途中で手元から顔をあげると、ビールジョッキを持ったたのしそうな人たちがカウンターの前を通過していく。背景は一面の海と、日によってはほどよい波。「いいな、いつもはあっちなのになあ」と思いながら、オーダーが入るとイカフライや唐揚げやラーメンをつくる。これまで、こんなに暑い厨房で誰かが素早く調理をしてくれていたのか。だからあの時間があったのかとおもうと、逆サイドにいてくれる人への感謝がうまれる。どっちがいいかと言われたら正直「はい、あっちです。あっちでビールが飲みたいです!」とはおもってしまうが、それはもう得意分野でキャリアもながいので、目をつむっていても上手にできる。この夏は、じゃない方の世界で社会科見学のような経験を。キャップとエプロンのカラーリングをたのしみたいが、帰る頃にはいつも全身がべとべとで、煤(すす)が手や服についている。なんだチミは! 煤もはじめましてだ。知らなかった、絵本の中に出てくるえんとつ以外は。