今年の夏はまだまだくたびれていて、家でゆっくりしていることがおおかった。パジャマのような私服をパジャマにして寝て、起きるとパジャマのような私服でそのままダラダラと過ごす。とりあえずエアコン。暑かったし、エアコンがわたしのおともだち。そんな日々を過ごしていた8月の終わりのある日、先輩からLINE。「来月から週3か週4で、バイトできないかな?」と書かれてあった。なんのバイトですかと質問すると、レンバイの中で飲食の仕事だという。気乗りしないな、ことわろうとすぐに決めた。返事の内容を数日かんがえて、理由を丁寧に書いた。以前の職場にちかいし、正直なところあまり顔をあわせたくない人もいること、飲食は経験がないから遠慮します、声をかけてくれてありがとうございました、と書いて送信。ほっとした。
わたしは忙しいのだ。エアコンの効いた部屋でネットフリックスをみなければいけないし、エアコンの効いた部屋でリングフィットアドベンチャーもしなければいけない。夕方になったら毎日スーパーにいって、お買いものをしなくてはいけないんだもの。これで一安心。先輩からの返信には「いろいろかんがえてくれてありがとう」と書いてあった。「了解」と書いていないことに一抹の不安はあったが、「ああ、よかった」と胸をなでおろした。そうして2週間ほどたったころ、朝の7時頃に先輩から再びLINEがきた。「いまからお茶しない?」とのこと。ずいぶん朝早いなとおもいつつも待ち合わせのカフェにいくと、「みもちゃん、やっぱりバイトしてくれない?」とのことだった。えー、いやだ。でも二度は断ににくい。どうしよう、でもいやだ。会いたくない人もいるんだもん、痛かった思い出がまだまだ怖いんだもの。イヤなことは、いつでも即刻逃げてきたこのわたくし。イヤだイヤだ。わたしはメールに書いたことを、もう一度口頭でつたえた。すると先輩はわかってくれるどころか、「みもちゃん、逃げないで克服したほうがいい!」と一言。自分もそういう経験があったけれど、このままではいけないと決めて行動したことがあると、過去の経験をはなしてくれた。
退社して8ヶ月くらい、長く在籍したのにあんまりじょうずに退社できなかった。「じょうずな退社」ってなんだ。「円満な離婚」みたいなニュアンス。そんなことを期待していたじぶんも気持ちがわるいが、とにかくいろんな気持ちを引きずって、毎日がとてもしんどかった。でも、いつまでもこの生活が続いていくことにも、さすがにうんざりしていたのは確かだった。先輩の話を聞くに、先輩はあきらかに困っている様子だったし、これまでもたくさんお世話になっているので、「やってみます」と返事をした。帰宅して夫にそのことを伝えると「その話だとおもったよ。よっぽど困っているんだよ。困っている人は助けないと。みもちゃんはお世話になっているんだし」と言われた。
そんな経緯ではじまった、正確にははじまってしまった、SAUCEの仕事。事前にSAUCEのオーナーと数時間の引き継ぎをしたのち、初日からひとりだったので、レジも商品のこともわけがわからず、次々とお客さんはくるし、鍵を閉めて脱走したいくらいで、終わるとぐったりであった。閉店後に先輩がやってきて、「大丈夫だった?」と聞かれたので「つかれました。あと三ヶ月だとおもってがんばります…」といってしょんぼり帰宅。なんで引き受けちゃったんだ、だからイヤだったのに。そうして翌日、また翌日とくるうちに、「うーん、デイスプレイはもっとこうしたほうがいいのでは」とか「こうしたほうがもっと売れるのでは」など、自然にかんがえて手を動かしている自分がいた。あれ、うっかりやる気がでちゃってる、自分がいちばんびっくりした。
料理人たちも、彗星(すいせい)のごとく現れたわたしのことを、どうおもっているんだろう。自分の作品(料理)をまかせる相手がどんな人かもわからない。そのことに心配をしていないかな、と感じた。翌日、自分の著書の『Sunny SIde』を全員にわたした。Sunny SIdeはわたしのこれまでの仕事、性格、思考、そういうものをありのままに書いたので、最速で知ってもらう名刺がわりになればとおもったのだ。そうして、みなさんとの距離も日をおうごとに近くなり、それぞれの性格、仕事の仕方も理解し、足りないところはおぎなったり、こうしたらもっと売れるのではないでしょうかと伝えたりして、日々の売上を上げることに全力投球する毎日。あっという間に時間は過ぎて、この仕事もあと数週間でいったんおしまい。
イヤだイヤだと、大人のイヤイヤ期をやり過ごして乗り越えられたことは、おおきな自信になった。イヤだなとおもっていた前職での苦い思い出よりも、再会して喜べる人の数のなんとおおかったことか。いいこと、よかったことにも全部ふたをしていたのは自分のほうで、やっと前を向けた気分。ちいさな場所と、本の力もおおきい。本をつくってほんとうによかった。こういう経験を誰かにパスできるような大人になりたい。さて、そろそろ出勤のお時間です。今日は売れるかな、今日も売れますように。