一昨日のお酒が残っていて、昨日は一日廃人であった。二日酔いのだるさもどこか懐かしいくらいで、学生時代から妊娠するまでは数々やらかしてきたわたしなので「久しぶりだね」と、旧友に再会したような気持ち。
なんだか目がかゆい、喉もイガイガするかもと、数日前から娘が言い出したので夕方に鎌倉の耳鼻科まで連れて言った。短いドライブではあるけれど、運転が好きだからいい時間になる。エンジンをかけると、車に内蔵されているBluetoothスピーカーがわたしのスマホに自動で接続されるので、さっきまで聞いていたプレイリストがそのままかかる。娘の世代はTikTokでいろんな曲を知るようで、わたしの好きな70年代の曲なんかも意外とよく知っていたりして、それがほんとうにいい。世代を超えて、時空を超えて、親子で同じ音にノレる、語れる、シャウトできるなんてこと、誰も教えてくれなかった。一番くらいにおもう、親になってよかったと。ボーイズ・タウン・ギャングの『キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー』(邦題は『君の瞳に恋してる』)がかかったときなんて、イントロから「キタキター!」という感じで二人で縦に揺れたし、サビでは横に揺れた。夕方の人がおおい時間帯、材木座の交差点で信号待ちをしていたから、自転車を跨いでとまっていた人は、あの親子、どうしたんだろう、一体何を聴いているんだろうと、不思議に思ったかもしれない。
わたしは車でよく歌うので、娘はそれを普通に聴いている。ジノ・ヴァネリというアーティストの『アイ・ジャスト・ワナ・ストップ』という名曲がある。昨日の車内ではそれも流れた。一度聴いていただければわかるとおもうのだが、サビに繰り返し出てくる「ストップ!」の部分は熱唱せずにいられない美しい旋律を奏でている。昨日もわたしが熱唱していると、ロマンティックなサックスが流れる間奏のあたりで「ママ、何をストップって言っているの?」と娘が聴いてきた。歌詞を全部知っているわけではないけれど、こんなに素敵なメロディだから恋愛を歌っていない訳がないし、恋人への愛とか、止められない想いとかだろうね、と伝えた。帰ってから、自分も気になってApple Musicで歌詞を調べたら、モントリオールで過ごした恋人との日々、街明かりなどを思い返しながら忘れられない、決して忘れることなど出来ない想いを歌っているラブソングだと、はじめて理解した。
娘から聞かれること、頼りにされることのパートは決まっている。勉強や塾や英検や地理や歴史などは夫、料理や裁縫やスポーツや一人旅や英語や修理全般はわたし、娘もちゃんと使い分けている。なので、せっかく聞いてくれることはちゃんと答えたいという気持ちがある。「別に誰に褒められなくても関係ないし」と思って生きてきたけれど、娘に「すごいね」と言われるとなんかものすごくうれしいのだ。母に「みもちゃんはすごいわね」と褒められるのとはまた全然ちがう種類の喜びが、体の奥のほうから芽生える。自分でも知らなかった部分に光が当たったような、そんな感覚。「ママかわいいね」もよく言ってくれるので、その度に「お化粧品やネイルや香水をもっと買おーっと!」と、単純におもってしまう。先日も、朝起きたばかりのわたしを見て「ママかわいいね」と娘が言った。「髪がふさ〜っとして金髪で、ライオンのあかちゃんみたいだね」と言って頭を撫でた。わたしよりも背が高い娘。あれはいささか変化球だったけれども、ぜんぶ受け止めてあげるよ。
昨日、花粉症かどうかの血液検査をしたそうなのだが、「たいして注射も痛くなかったし、血って、おもっているよりも赤じゃなくて、黒っぽい赤なんだなっておもった。これが自分の中に流れて頑張ってくれているのか、すごいなあっておもっちゃったよ」と言っていた。「赤血球ちゃんでしょ」とサラッと言ったが、わたしを超えているのは身長だけではないことを知り、驚きを隠せなかった。注射、あんなに恐ろしいものはない。健康診断の採血は毎回騒いでしまうし、痛くないように耳たぶを爪で押してもっといたいところを作り、目を思いっきりつむって「こわいこわいこわい!」と唱えてしまう。採血が終わると「大丈夫ですか、たてますか?」って言われる。あの瞬間がいちばん恥ずかしい。どういう顔をすればいいのかわからないから。父も注射が苦手だった。歯医者でも、父とわたしだけが騒ぐと先生から言われたっけ。変なところが色濃く遺伝しているのだが、パパ、わたし、娘、わたしたち三人、みんなそれぞれに音楽がだいすきってところは見事にそっくり。遺伝ってほんとうにおもしろい。