小学4年生くらいのあたりから、娘が解けずにきいてくる算数の質問はすべてお手上げになった。聞かれるたびに、「AIはなんていってる?」「チャピちゃん(チャットGPT)はなんだって?」「写メ撮ってGoogleで検索は?」と答え続けていたら、ほど無くしてなにもきかれなくなった。夫は、6年生くらいまではがんばって解いていたけれど、算数が数学になった時点で諦めた模様。夫と娘は社会がとても好きなので、歴史や地理についてよく語り合っている。どのあたりがおもしろいのでしょう。いずれにしても、社会だけはだいたい満点らしい。
各教科のテストの点数なども夫には見せていて、よくがんばったねとか、もうすこしがんばりなさいとか言われては、娘も「はーい」などと言っている。おやおや? ふたりにはママの姿が見えていないのかな、というくらいに存在を無視されている。
夫は長男として生まれ、親に期待されて厳しく育てられたそうだ。娘の教育をみていれば、「ああ、なるほどね」とおもう。そういうのが嫌だった、ときいていた割に娘にけっこうきびしい。たまに娘が落ち込んでいると、夫のいないところで「なにも気にしなくていいよ。ママはここまで生きてこれたから」という。ウケる時とウケない時があるが。何も期待されずに無法地帯で育った末っ子のわたしは、やっぱりじぶんがしてもらったことと同じことしかできない。見ていない景色を想像しろと言われても、すぐに限界がくる。こどものころ、学校の宿題がわからなくて困っても、母は「ママも」、「ママもよ」、「ママもだった」ともっとも短い言葉数(ことばかず)で、わたしに共感と結界を張ってみせた。
一昨日のこと。娘が「ママー、25メートル泳ぎたいから水泳おしえて」と言ってきた。滅多に頼られないので、ここ一番でママの実力を発揮したい。昨日は鼻息あらく市民プールへ。20代の頃、いっときスイミングスクールのコーチをアルバイトでしていたのだ。娘はクロールを学びたいという。聞けば明日が補習授業でテストとのこと。もっと早く言ってくれよとおもったが、やってやれないことはないことりコーチなので、入魂の2時間レッスン。娘はそもそもの基礎がゼロベース状態だったので、案外教えやすく、想像よりもはるかに簡単に飲み込んでくれた。25メートルがこんなに苦しくなく泳げるのかと知ったよろこびを得たようで、泳ぎ専用のコースで口をぱくぱくしながら泳いでいた。長い手のスクロールが優雅。すると、今度は100メートル泳げるようになりたいと言い出した。その方が成績が良くなるそうだ。まだまだ教えられること、出来ることはあるけれど、明日はとりあえず25メートルだけ泳げばなんとかなるらしいしから、無理しない方がいいよとわたし。がんばって泳ぐと苦しくなるし、嫌いになってしまう。そういう子どもをコーチ時代にみてきた。同時に、進級しなくても楽しそうな子どもも、たくさん見てきた。「ことりコーチのクラスはなかなか進級しない」と言われたし、自覚もあった。向上心のないことりコーチ、20年の時を経てもいまだ健在。普段、学校関連で頼られることがほんとうにないので、昨日はちょっぴりいい気分。また一緒に泳ごうぜ。