数少ないママ友のひとりに、フリーのフードスタイリストをしている女性がいる。食材からお皿までをすべて事前に用意し、都内のスタジオへ向かうそう。荷物がおおいので、基本的に撮影スタジオへは車で移動するといっていた。
コロナ禍で仕事に影響がでた人はおおいとおもう。彼女もそうだった。私もそうだった。その頃だったとおもうが、いつも元気な彼女もややトーンダウンしていたような記憶がある。それからしばらくたって久しぶりにあったとき、「あと10年はこの仕事をがんばろうとおもって、気合い入れるために車買ったんだよねー」と言った。白いヴォルボが、彼女を鼓舞してくれた様子だった。その日のことはわたしの記憶の片隅にいつもあった。よかったね、と。沈んでも自分で浮かんでくる彼女らしい決断だなと、さすがだなと。もうひとり仲良しのママ友は、フリーのグラフィックデザイナー。イタリア好きの彼女も、はじめて自分のギャラでフィアットのパンダを買ったとき、イタリアの街を走っているような気持ちで、うれしくてしょうがなかったと言っていた。そう語っていた時の、彼女のキラキラとした顔。
我が家にあたらしい車がやってきた。キレイ好きな夫は充電式のケルヒャーを買って、週末の朝ははやくからお掃除に余念がない。あんなこと、わたしは絶対にしない。でも、アクセルを踏むと前の車よりも馬力があって、もしや根が走り屋なのではとおもうほど、運転が楽しい。いつもお世話になっている中古車屋さんで、二者択一の4ドアか2ドアか迷っていた夫に「2ドアにしようよ!」と背中を押したのはわたし。夫が、本当はそっちがいいと思っているのが言わずともわかったし、自分も、自分自身に気合を入れたいと思ったことも大きい。布はおもいので仕入れや納品は車でいくこともおおいし、あと10年、いや20年はこの仕事を自営業でがんばろうと決めたから。はじめてのおかいものは、すがすがしくて、気持ちがいい。
ママ友ってほんとうに不思議な存在。親戚のようでもあり、同志であり、いつも同じフェーズをマラソンのように走っている感覚がある。独身の頃に出会っていた友人と決定的に違うのは、そこに別のキーマンがいること。それは紛れもなく、お互いのこどもたち。保育園から一緒で、うんちだおしっこだ、あるいたね、しゃべったね、おむつとれたね、イヤイヤいって大変だと愚痴りあって。かとおもえば、運動会でかけっこする姿に、手を叩いて目を細める。ひとつひとつ、一緒に歩んだひとたち。尊い時間を一緒に刻み、今はお互いに子供の手もだいぶかからなくなって、さあ、次はどうすると気合を入れなおす。それぞれに年上のお姉さんママ友、大切なふたり。毎年タイパンツを増やしてくれるママ友、穿きすぎてタイパンツの紐が切れかかっていたママ友、飲み仲間のママ友、飲むことを部活と呼び、自主練を欠かさないわたしたち。肩を落とす姿も、気合を入れなおす姿も見せてくれる、愛すべき同志。