10年前の今頃は、友人のおぐちゃんが当時鎌倉で営んでいた古本屋<ウサギノフクシュウ>で展示を予定しており、準備をしているころだった。娘は3歳になったばかり、わたしは38歳。こども服の手作りパターン(型紙)と、縫いあげたふくの展示販売。娘はいつでも展示にくっついてきたがり、その割には途中で電池が切れる。まだまだおんぶに抱っこと手がかかっていた。そんなわけで店主のおぐちゃんや、隣で店を切り盛りしていたsahanの店主にも、たくさん手を借りた。展示が終わってほっとしていた頃に、今度は「由比ヶ浜のギャラリーをやらないか」と誘われていくわけで。2016年は、誰かが窓を開け放ち、わたしの中にあたらしい風を入れてくれた。そんな年だった。あれから10年(綾小路きみまろ風)、娘は13歳、わたしは48歳に。娘はすっかりおねえさんになった。お出かけにもあまりくっついてこなくなり、わたしはギャラリー運営を終えて五年が経過した。変わったこともたくさんあるけれど、変わらないこともある。その全部が愛おしいと思える今、自分は幸せに歳を重ねているようにおもう。この気持ちを健全、あるいは健やかさと呼んでいいのならば、自分だけでは決して手にできなかった。周りのひとや場所が、自分をそんなふうに育ててくれた。ありがとうの言葉以外に、差し出せるもの、伝えられるものは見当たらない。
昨日は、もう20年くらいのお付き合いになるHさんとお茶。バースデーのお祝いをしようと誘い、まずは一緒に茅ヶ崎の<BRANDIN>へ。Hさんと店主のひろみさんとご主人の宮治さん、三人はわたしよりもうんと長いお付き合いなので、わいわいおしゃべりが止まらない。いつも忙しそうな店主のひろみさんだが、今月は冬季休業中。その期間に<喫茶ケルビン>という屋号で、地元の青年が場所を間借り中とのことで、昨日はそこへ足を運んだというわけなのだ。こんなにゆっくり話したの、いつぶりかなというくらいだったけれど、ひろみさんは変わらなくて、ブランディンも変わらない空気で、店主ではなくお客様としてひろみさんがそこにいることだけが新鮮だった。いついっても変わらない場所を守っていくことや、変わらない心(信念)を持ち続ける意志の強さに触れると、ときに胸が苦しくなるくらいだ。眩(まばゆ)い光が、すみずみまで降り注いでいた。昨日は相談ごとがあり、いくつかイメージを提案させてもらう。ひろみさんはわたしの伝えたいことをすぐに理解をしてくれた。目に見えないはずのなにかが、ちいさなおとを立てて「コトン」と、確実に、わずかに動いたのを、わたしの心と耳は確かにとらえた。
帰りに<湘南T-SITE>へ立ち寄り、Hさんのお祝いで早めの夕飯。Hさんが知っていた<LIFE Sea>というお店、とてもおいしかった。「ビールも飲んでいいんだよ、みもちゃん」と言われて「えー!」と言った割にすぐに注文。お祝いしようと言った割に主役に運転してもらい、ビールを飲んでいる自分が、ずいぶんと失礼でおかしくて笑う。Hさんとは、20年ほど前にラジオの取材を通じて知り合い、お友だちになった。2005年か2006年だったとおもうが、当時、七里ヶ浜のフリーマーケットで作ったもの(切り絵と布小物)を売っている夫婦、というの何かで知ってくれて、自宅まで取材に来てくれた。Hさんも、ずっと変わらない。なんて尊いことだろうとおもうし、自分もそうありたいと先輩たちを見ていておもう。変わってもいい。けれど、変わらない美しさに触れると、敵わないなとおもうことが、自分の人生にはあまりにもたくさんある。積み重ねること、時間がかかることがすきだ。ゆっくり過ぎていくことが、なによりも豊かだと信じている。すぐには、買えないから。昨日もまた、本が一冊売れた。のんびりぽつりぽつりと売れる『Sunny SIde』を郵便局で発送する準備をする。あと何冊あるんだろう、本の在庫を眺めた。目を細める。窓の外の光が眩しいのか、差し込む光が本に注がれているからなのかは、よくわからない。嬉しそうに、すこし照れているようにも見える本たち。わたしの分身であり、命懸けで書いた本。在庫が減っていくたび、大切に届けたい気持ちがより一層、おおきくなってゆくばかり。