昨日は三者面談。娘ははじめての三者面談に緊張をしていた。事前におともだちからも「こんなこと言われるよ」みたいな情報をえた様子で、なおのこと緊張していた。チャットGPTにも相談していたらしい。朝、学校にきていく服を探していたのだがあまりそれっぽいものがなく「おかあさんコスプレ、おかあさんコスプレ、おかあさんをさがせ〜」と言いながら服を選び、娘にみてもらった。「あんまり似合ってないけど、まあいいんじゃない?」と曖昧なオッケー。グレーのトップスにグレーのタイパンツ(スリム)でほんとうに似合っていない感じだったので、母から譲ってもらった『Odile St Germain PARIS(オディール・サンジェルマン・パリ)』のスカーフを首に下げて、おかあさんアイテムのパール(フェイク)のピアスとネックレスをして、髪をピシッと結ぶとあら不思議、そこそこいい感じのおかあさんに。学校へ向かう車の中で「一人目の子とか、一人っこのお母さんはもっと心配するのに、ママってどうしてそうじゃないの? あ、いい意味でね」と微妙に褒められた。「ばあばがそうだったからじゃない? ママは四人目だったから、ばあばは、もう三者面談なんかお手のものだったんだとおもうよ。授業参観なんて、まちがえて違うクラスのみてたからね。子どものクラスなんて覚えられないんだよ、四人もいたら」と返す。それもあるし、やはり娘の人生なわけで、見守るけれど心配はしない。応援はするけれど、決めるのは本人なのだ。誤解を恐れずに言うと「わたしの人生じゃないし」とおもっている。幸せ、成功、夢、絶望、わたしと娘のそれはきっと違う。違っていて普通だから、切り開いていく道を、信頼して応援することしかできない。ひなは雛、親鶏のわたしからは離れていく。
面談は生活面と学習面の二本立て。どっちもそこそこ褒めてもらって、うんうん、よかったねとうなづく。レポートが得意らしく、びっしり書いてくるそうだ。「どうしてそんなに頑張れるの?」と先生が聞くと「え? うーん」みたいな顔をしていた娘。きっと頑張っている意識はなくて、ただ、好きなのだろう。血筋もあるのかもしれない。先生の質問に対して、「小学校のときに放送委員会で、すごくたのしくて、よく原稿を書いたりもしてました」と言っていた。なるほど〜。確かに構成作家ばりに熱心に書いていたし、オンエア自体もとても楽しそうにしていたことを思い出した。「中学校でも放送委員、やってみたら?」と先生に言われると「かたい感じであんまり楽しそうじゃないから」と即答していた。おさない頃から一刀両断(いっとうりょうだん)のばぶちゃん。
小学校の放送委員は何年も続けて立候補していて、音楽を選んだり、リクエスト曲をかけたり、YouTubeからいいタイミンで頭だししたり、そういうことに燃えていた。「声もかわいいし、放送関係とか、声を使う仕事もいいかもね」なんて話していた小学校時代のこと、今年の春にも話していたのに、もうすっかり忘れている自分がほんとうにこわい。三者面談で思い出せた、よかった。茶華道部のはなしにもなった。「おとななんだね、クラスの子とか子どもっぽく感じるんじゃない?」と聞かれていたとき「ふふふ、おもしろいなっておもいます」みたいな当たり障りのない返答をしていた。大人っぽい? そりゃあセンセー、「うちの子、タイムリーパーなんですね」と言いたくてしょうがない気持ちをグッとこらえて、母らしい微笑みを浮かべてみた。それにしても子供って、好きなこと、楽しかったことへの記憶力やエネルギーがすごい。ジャックと豆の木のように、好きな気持ちを空まで伸ばして、突き抜けて生きてほしい。