今日から4月だというから驚きをかくせない。たしか、このあいだお正月だった。明後日くらいにはクリスマスがきちゃうかもしれない。そういうスピードで年月を、老いを感じている今日この頃である。時間って不思議で、若い頃はゆっくりなのに、歳を重ねるごとに加速していく。若い子がいう「いつか」は未来だが、この世代になると「いつか」は「いま」なのだ。いつかやりたいなんて言っていたら、たぶん一生やらない。いきたかった、やりたかった、いっておけばよかった、やっておけばよかった。そういうことになる。次に、「いっておいた方がいいよ、やっておいた方がいいよ、わたしはできなかったから」って若い子に言うのだろうか。言われた方はなにをおもう? 若者は、想像するのもむつかしいだろう。桜だって、見ないと散るのだ。でも、今すぐ観れば経験と思い出になる。
娘を妊娠していることがわかるほんとうに直前に、ロスアンゼルスとサンフランシスコへ行こうと母を誘った。わたしは34歳で、母は64歳だった。母は「最近膝が痛いからやめておくわ」と言ったが、夫に「絶対にいっておいた方がいいよ」と言われたので、半ば強引にチケットを取り、二人でカリフォルニアへ。結果的に、「ねえねえ、お膝は大丈夫なの?」とこっちが聞きたいくらいに、母はアメリカを楽しんでいた。なによりも子育てを最優先にしてくれていた母だから、実の姉がながく暮らす土地に訪問したのも、思えばこれが初めてだったのだ。母は英語をほとんど話せないはずだが、アメリカではびっくりするくらいにコミュニケーションをとっていた。ファーマーズマーケットでは、目をはなしたすきに、知らないインド人のベイビーを抱っこしていた。顔が日本人離れしているからか、あれは謎であった。サンフランシスコでケーブルカーに乗ったときも、大きな目をさらにおおきくして、子供のようにはしゃいでいた。その様子を見ていた運転手の方が「警笛を鳴らしてみる?」と聞いてくれて、母は素直に鐘を鳴らしていた。書くとキリがないのでもうやめるが、つまり、行ってほんとうによかった。
先日、久しぶりにパスポートを取得した。子育てと介護で忙しかった10年と少し、自分で振り返ってみても、まあまあ暗黒な10年とちょっとだった。パスポートや海外なんて、もう一生関係のないワードだと思っていた。でも、この一年くらいで急に視界が晴れてきた。そういう経験をしない人もいるとおもうが、人に人の痛みなんてわからないし、「わかるよ」なんて安易にいう人と、わたしはきっと親しくなれない。結婚をしなかった人、したくなかった人、したくても縁がなかった人、子供を持たなかった人、縁がなかった人、物心ついた時点での親の有無、親の病気、親の介護、親の死、兄妹の死、人の命にまつわる話題はとてもデリケートなのだ。同じケースが二つとないのが人の命だから、くらい、辛い時期は必ずある。そんなときにも、桜はいい。春は出会いと別れの季節で、桜がそこにあってよかったと毎年思う。嬉しい人にも、悲しい人にも、桜は寄り添ってくれる。言葉なんてかなわないよなっておもうくらいに、ソウルに響く。花見好きの夫が先日「日本人のDNAに桜は組み込まれているんだ」と言っていたが、あながち間違っていない気がする。