昨日一番かなしかったことは、新宿の<ジャズ喫茶&バー DUG>が6月末で閉店するというニュース。ビルの解体に伴って、65年の歴史に幕を下ろすとのこと。知ったのは、昨晩のことだった。
昨日は父に会いにいった。いつもなら、父のいる施設から新宿駅までぷらぷら歩いて帰ることもある。途中、<DUG>に寄ってジャズを聴きながらビールを呑んで帰るのも好きなコースのひとつ。だが、昨日は冷たい雨が降っていた。基本的にヘタレなのと、靴が濡れることがとても嫌な性分なので、いちばん歩かないルートとして、都バスを選んだ。都バスは便利で良い。たくさん走っているし、スイスイ走ってくれるから。
年末年始におおきく体調を崩した父だったけれど、昨日はとても元気そうで顔色もよく、安心した。父のお部屋は、実家で使っていた家具を置かせてもらっている。リビングで使っていたブルーのレザーがきれいなダイニングチェアに腰掛けて、ジャズを聴きながら西新宿のビル群を眺めていたら、まるで実家にいるみたいだった。不思議な感覚に包まれた。ケニー・ドリューの<テイキング・ア・チャンス・オン・ラブ>を流したときのこと。父は気まぐれに動かしていた手を止めた。父はオシャレをするとき、よく右手で髪をサッと整える仕草が癖だったのだが、昨日、それをした。曲が終わったとき「上手だねえ」と演奏を褒めた。音楽ってすごい! 嬉しくなって、前に<DUG>で聴いて好きになった、デューク・ジョーダンの<グラッド・アイ・メット・パット>を流した。このレコードは父のところにないから、持っていったちいさなスピーカーに、Bluetoothで飛ばして、Apple Musicから流した。父は、気持ちが良くなったのかうとうとして、そのまま寝てしまった。聴いていたら、なんだか涙が出てきた。グラッド・アイ・メット・パパ。「泣く」という行為にはきっと、いつでも理由がある。訳もなく涙が出る、なんていうけれどきっと、ほんとうは訳がある。母は子供の前でも隠さずに泣く人だった。そして「今、ママは哀しいのではなく、悔しくて泣いているの!」と実況までしていた。昨日、わたしは哀しいのではなく、うれしかったのだとおもう。介護って、どこか自己満足みたいなものもあるのかもしれない。自分にもおもうが、兄や姉を見ていてもそれはおもうこと。あれをしてあげたい、これをしてあげたい、みたいな気持ちがベースにあって、時間を共有している。父に関して、わたしはなるべくジャズを聴かせてあげたいとおもっている。そして、その帰り道に父がしたいであろうことを自分が代わりにする、というのがワンセットになっている。そんなときに、<DUG>はピッタリなお店だった。昨日、雨で行くのをやめた訳だけれど、こうして「あのときいっておけばよかった」なんて思うんだなと、しんみりしてしまった夜。あと何回、通えるのだろう。新宿から名店が消えてしまうことは寂しいけれど、素敵な思い出の方が上回るんだから、ありがとうって言えるようなじぶんでいたい。
都会育ちだね、とよく言われるが、新宿育ちなのだ。実際、渋谷とかあんまり詳しくない。代官山なんて、ほとんど知らない。だって遠かった。東京には好きな場所、素敵な土地がたくさんあるけれど、戻って住みたいとおもうのは、やっぱり新宿区。気持ちのいい公園もあるし、好きなお風呂もある、落語だってきける。飲み屋なんて死ぬほどある。新宿って、都庁もあれば歌舞伎町もあって、山にも海にも電車いっぽんで続いていて、そういう感じもすごく好き。父が生きてくれているから、こうして新宿に通えている。ありがとうしかない。わがままな父は家族に迷惑をかけまくっていたし、やたらと手のかかる人だったし、こういう人とだけは結婚してはならないと、あかちゃんくらいから本能的におもっていた。にもかかわらずなぜか憎めず、むしろ、ちょっとかわいいとすらおもわせる。みんながほうっておけず、生涯ずっと愛される人生だ。くやしいようないびつな憧れ、わたしの胸にずっと昔からあるもの。