思いつきが得意で行き当たりばったりのわたしが、めずらしく早くに予定を決めていた旅。七月くらいだったか、同級生でフリーの校正者のSちゃんと話していて、一緒に福岡に行こうと決めたのだ。仕事が忙しいSちゃんなので、早めにスケジュールを決めて、お互いの予定をおさえた。
2021年の春に『Sunny Side』という著書を出した。そのときも校正で多大なるお世話になったSちゃん。今回は著書のお取引先でもある熊本の『橙書店(だいだいしょてん)』にも足を運ぶことに。わたしは飛行機で、Sちゃんは新幹線でそれぞれ熊本入りし、現地集合。「橙書店に置かせてもらうことになった」と人に話すと、本好きの人達から「それはすごいことだよ」と何度も言われた。お取引をお願いするにあたっては、本に直筆のお手紙を添えて情熱を綴ったのだが、お返事が来ない書店ももちろんあった。そんな中で、店主の田尻さんはお返事をくださり、本を仕入れてくれた。決して自分の実力だけではなく、『Sunny SIde』は校正者、編集者、カメラマン、デザイナー、皆で作り上げた本なので、そのおかげでいい本ができた故のことだ。わたしがしたことといえば、熱狂的に短時間で文章を書いたことと、惜しまずに身銭を切りまくったこと。無茶苦茶お金はかかったけれど、変なものなら最初から作りたくないと腹を括っていたので、エイヤーと払った。でも、本当に作ってよかった。本に続いて、数年後にこうして足を運ぶことができて、本にも、みんなにも、店主にも感謝でいっぱいだ。
新幹線であっという間に福岡に移動し、夜はHさん夫妻と会食。Hさんとお会いするのは二度目。前回、博多山笠という祭りの日とタイパンツの展示が重なり、そのお祭りがきっかけで親しくなった夫妻。メールや贈り物などでやり取りはしていたが、ゆっくり話せて、お酒も交わせて楽しい夜を過ごす。不思議な縁だけど、もうすっかり仲良し。
翌日は薬院の『BBB POTTERS』で『人生フルーツ』の上映会と監督のトークイベント。一度観ていたが、数年ぶりに二度目。前回は泣かなかったが、涙が出たシーンがあった。年を重ねたんだなと、涙を拭う。上映後の伏原健之(ふしはら・けんし)監督のトークが最高だった。愉快とロマンティックが共存しておられるような方で、愛があり、情熱があり、ファンタジーとリアリティーの間を行ったり来たりするような、トークイベント。お召しものも素敵だった。インナーはカジュアルだけどジャケットを羽織った感じのバランスがよく、全身黒なのにスニーカーは白で、じぶんの動きや体型に似合うものがわかっていらっしゃる感じ。ものすごく魅力的な男性だった。
映画の後はお店であれこれ買い物をして、糸島へ移動。系列店である『bbb haus』へ。はじめてここに足を運んだ時、「全てのシーズンを見たい」と思ったのが去年の十一月。それから4月、8月と宿泊して、今度は10月。後は冬を残すのみ。そこまでして熱狂的に足を運びたいと思わせる何かがこのホテル、土地にはある。言葉にできない何か。家具やインテリアが大好きなSちゃんは、乙女のため息が止まらぬ様子で、どこかを見つめては、ずっとうっとりしていた。それがものすごく可愛くて、絵が描けるなら描き残しておきたいくらいに『乙女』だった。真似しても私には決して届かない感じ。なぜなら、興味や探究心から得たSちゃんの知識と経験、それらの養分がわたしには一切入っていないから。Sちゃんのためにも美しいインテリアを邪魔しないようにしようと、なるべく散らかさないように意識して泊まったつもり。わたしはずっと、窓の外の景色を見ていた。
翌日は糸島をドライブして、夕方。ホテルでのプライヴェートな屋外上映会にまで、特別に参加させていただく。願ってもないことで、夢を見ているみたいだった。スクリーンから聞こえる虫の音と実際に糸島で鳴いている虫の鳴き声が混ざり、自分もスクリーンの中にいるような、本当に不思議な体験をした。上映後の監督の言葉が、先日聞いたそれとはまた少し違う、監督の感動のようなものが確かに伝わってきた。体は寒いけれど心はどこまでも温かい、とても不思議な感覚を覚えた。帰りはバスかタクシーかなと思っていたが、たまたまいらしていたミュージシャン夫妻が車に乗せてくださり、帰路につく。都内から移住して来られたそうで、たくさん話をして楽しい車内だった。大濠公園で出会った素敵な移動本屋の話もあるのだけれど、それはまた今度。なんだか胸がいっぱい。ずっと夢の中にいるような美しい現実を、視覚、聴覚、感覚で、これでもか、これでもかと浴びてきた。この旅を、一生忘れない。人生が大きく動いた感じ。