昨晩はHちゃんとふたり、まだあかるい夕方に集合してビール。カウンター席に座り、暮れてゆく鎌倉の街を眺めながら大笑いして、お互いの元気を交換する感じの三時間はあっという間だった。
Hちゃんは、わたしが以前勤めていたアウトドアブランドの修理部の元上司で、7年間一緒に働いた。正確には、その以前にHちゃんの旦那さんに、夫の切り絵の仕事を通じて出会っている。その後すぐにHちゃんとも知り合う訳だが、そこまでさかのぼると、20年くらいの付き合いになる。とにかくめちゃくちゃ働き者で『昭和のモーレツサラリーマン』と命名している。そのくらいに鋼(はがね)のメンタルと、強靭な肉体で日々をこなしている。一児の男子のママでもあるHちゃん。
2016年の夏の終わり、鎌倉・由比ヶ浜の<クアアイナ>で、Hちゃんとハンバーガーを食べていた時のことだ。「由比ヶ浜のギャラリーを任されることになってさ、家賃とか払えなかたったらやばいからバイトしないとなんだよ。次来たらここで『アロハ〜』って言ってくるかも!」と、笑いながら話した。経済感覚が優れているHちゃんは、それからあまり時間をおかずに連絡をくれた。「みもちゃん、もうバイト決まった?三ヶ月間だけの事務の入力のバイトだけど、人を探しているから来ない?」と。無計画なわたしを心配してくれていたのかもしれないが、いずれにしても「渡りに船だわ!」とおもい、即時面接を経て、入社。三ヶ月のはずが、なぜか7年もお世話になった。最後の方は大人のイヤイヤ期に突入して職場に行きたくなくなってしまい、結局そのままギブアップで退職した。在職中は勤務時間を短くして誰よりもはやく帰ったり、ミーティングもいや、あれはいや、これもいやと、とにかくイヤイヤ期ばかりで、本当にめちゃくちゃ迷惑をかけたとおもう。そんなダメ人間のわたしだったが、Hちゃんはいつもちゃんと働いていた。人が「嫌だな」とおもうような、評価されない類(たぐ)いの地味な仕事も、やっていた。職場のインターフォンの工事の立ち合いが週末にありますとか、誰だっていやだとおもう仕事も、たいていHちゃんがやっていた。そういう姿に、みんな気がついていたのだろうか。ときどき、Hちゃんに変わって頭にきたり、Hちゃんを気の毒に思っていたときもあった。そんな懐の深いHちゃんは、たまに連絡をくれる。昭和のモーレツサラリーマンは、人情も熱い。
Hちゃんとわたしは同郷で、わたしは新宿区、彼女は大田区から湘南にやってきた。同郷と言ってもエリアが違うので、学生時代の遊び場なんかは微妙に違う。わたしは高校時代は主に新宿と下北沢、たまーに渋谷、彼女は自由が丘、たまに渋谷で遊んでいたと、昨日言っていた。都内では出会わなかったのに、お互いに海が好きで、波乗りも好きで、そういう趣味のパートナーと出会い結婚をして、この土地にやってきた。わたしは女の子、Hちゃんは男の子が産まれた。お互いの夫のこともよく知っていて、子供が産まれる前はよく四人で飲んでいて、ほんと、人に歴史ありって感じだ。
昨日は、老眼で見えないとか、老後どうすんのとか、学費がさ〜とか、親がさ〜とか、話す内容に変化はあれど、Hちゃんの逞しさ、おもしろさ、場があかるくなる感じは変わらずで、Hちゃんは昨晩も最高であった。夫の愚痴がめちゃくちゃおもしろすぎて、毎回おかわりしたく、何度も聞いてしまう。旦那さんのKさんは、50を過ぎてもずっとまっすぐなボーイのままで、その生き方をつらぬいている。オシャレが大好きで、お買い物が大好きで、選ぶものに妥協をしないから、お高いものばっかり買っている。針がふりきれているKさんは、いるだけで愉快。特筆すべきは、Kさんは誰のことも決して悪く言わないこと。人の悪口や愚痴を言っている姿を、一度も見たことがない。そして、ひとつの職場でずっと同じ仕事を続けている。そういう人って、いそうでいない。だから私はKさんのことが大好き。よく「あの人は仕事ができる、できない」とかって言い方をときどき聞くけれど、あれ、どうも好きになれない。私だってできないが、じゃあお前はできるのかと、ひねくれた心が顔を出す。人ができないことをできる人が、できる人だと、わたしはおもう。Kさんの生き方を真似をするのは、わたしにはとってもむつかしい。
Hちゃんは企業にいる道を選んで頑張って続けている、私にはできなかったこと。生き方や特技は違えど、ずっと仲良くしてくれて、いつあっても笑い合えて、同郷で、ほんと大好きだ。あんな奥さんがいたら、頼れるからうっかり甘えちゃうだろうな、とおもう。見るからに健康で長生きしそうだけど、その期待の通りに、ちゃんと健康で長生きしてほしい。またのもうね。